個人セッションがすすまないように感じる理由 17
それまでセッションを受けても、本当は不安なのに前回までのことはもう解決しています、かどこがどうなっているかわかりません、と取り繕って自分が楽になっていないのに「いい子」になるために(セッションは問題ないですと伝えたい)、自分の状態さえはっきり認識することを避けていた。
そこから本当に素直に自分が何を感じているか、自分が感じることさえ許さない自分をみつづけた。それは、「いい子ちゃんをやめよう!」と決意することではない。 それくらい私は必死だったし、自分の歪みの程度は尋常じゃないと実感したからやり続けた。 どこまでやったらいい?は自分が楽になるまで、しかない。 もしくは自分がここまででいいと決めるかだ。そこまでずっと自分を感じ続ける。
もしかしたら、今やっと、クライアントとして受けるセッションを十二分にいかせているのかもしれない。そして、それは自分がセッションをさせてもらうとき、みえる視点を増やす。
前回感じた、ここは楽になったけれど、新しく別の部分に 引っ掛かりがあって、すっかり忘れていた過去の記憶や感覚が蘇って・・・・ 今もこの繰り返しだ。 けれど、自分の本当の気持ちを自分が識ること、それを相手に伝えることに躊躇はなくなった。今の自分がそのままの自分だから。 どんな美辞麗句を連ねようが、本当の自分はどこかに滲み出る。
自分をみるということは、内容によっては今の自分にとっては目を覆いたくなる位嫌な気持ちになる、そんなこと知りたくなかったと後悔する、 辛いことに直面することもある。 それは「頑張ります!」の勢いだけで乗り切れるものではないように思う。 その先を本当に知りたい人、絶対にやり切ろうと思う人でないとどこかで折れてしまうだろう。 けれど、その先に何があるか?識っているからこそ、自分をみる試みは続く。
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