熱量を放つ、感じる

先日(2025年3月)、久しぶりにトレーニングに行ってきた。 と言っても10年以上トレーニングを受けて信頼している先生だから、内容もろもろ熟知しているはずだった。

けれど、始まってすぐに あれ、こんなにぐん!って一気にみんなの熱を上げる指導だったっけ?と改めて驚いた。 時期によってはほぼ毎日受けていたトレーニング。

参加者を引き込む熱量の放ち方、ミリ単位の的確なインストラクション、譲らず追い込む姿勢。充分知っていたはずだったのに離れてみて、一瞬で先生の放つ熱量が広がるのを感じて、自分も熱を帯びて、こんなにすごいものを受けていたんだという驚きと、それを当たり前だと思っていた過去の自分への目線、また先生への感謝の念が沸いた。

やっぱり叶わないなあと思いつつ、ふと、あ、これ私もセッションの中でやってるかもと思う場面があった。 自分が受けてきた指導の感覚をどうにかセッションにも活かしたいと、いつも思いながらトレーニングを受けていた。 そのかけらを少しは掴むことができたのかもしれない。 それは自分でも嬉しい発見だった。

Momoyoさんにも通じる、熱量を伝染させる、引き込む、 それを持続させるにはとてもエネルギーがいる。 Momoyoさんから頂いた言葉は、Youtubeの最後の「また、会いましょう!バイバイ!」と同じか、それ以上の確信に満ちた熱量を持っている。それらは時間が経っても、変わらず私の中に蘇る。

先生やMOMOYOさんからの熱量を感じた時、私のハートも反応するからこそ熱を帯びるのだろう。私ももっとセッションや文章の中でそういう一層熱をこめていこうと思った。

とはいえ、私は実は自分が思っているより「熱い」のかもしれない。意図しなくても、勝手に熱を帯びているようにも感じた。熱くなれる経験や打ち込める対象に出会えたことは、やりすぎて自分を苦しめることも含め、私の人生にとって、目の前にあった望外の喜びだ。

*このブログ内のトレーニングの写真はなかったので、別のトレーニング写真を本ブログの冒頭画像にしています。この写真のトレーニングが五月満月祭(ウエサク祭)から九頭竜大社へ 1 の中に登場するハードなワークでした。

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