個人セッションがすすまないように感じる理由 12
その反応してしまうまでに、内観ができればいいが、日常ではそうもいかなかった。 でも、私はあー反応している、と反応と感情を感じ切ってから、会話したり行動するようにした。人と直接対面しているときは変に思われたかもしれないが、誰にどう思われようが、私はこの反応はとても自分自身で辛かったし、やめたかった。
その時期は誰に変に思われようがこれをやろう!と割り切ってやり続けた。 ちなみに、この時期実際に私は誰かに変な人だなと思われたのかもしれないが、今のところ私にはその弊害はない。人と会うことの他に、テキストメッセージを読んで、自分がどう反応するか 等も同じように、反応と感情を感じ切ってから行動した。
そうすると、自分が相手に言われていることを言葉通りに捉えられず、自分の思い込みやフィルターで相手が自分のことをこう言っているに違いない!と そのフィルターに振り回されている自分が見えてきた。
例えば、セルフイメージで、自分が誰からかどうみられている?どう思われているをAとする。Aは、本当は自分が自分をどう捉えているかだ。Aは誰かが自分のことをこう言いそうと自分のマインドで捉えているだけで、誰かが本当に自分のことをAと思っているのかは分からない。 でも、誰かは自分のことをAだと思っているに違いないと決めつけ、それをもとに相手と会話したり、自分の中で考えるから余計にマインドに絡まる。
事実は、誰かが自分のことをAと言ったわけではない。 自分の頭の中、マインドの中でそう言われたような気がしているだけだ。 会話も同じ、誰かはBと言っているのに、自分から自分のセルフイメージのAと言われている気がして、例えばそれに怒りを感じて行動(極端だとその誰かと縁を切る等)する。
これが見えてから、自分が感情に呑まれそうなときは 一旦自分が相手にどう思われているかしっかり感じ切った後、相手が言った言葉(は感情に呑まれないようにメモしていた)やテキストメッセージの言葉をみるようにした。
しっかり感じた後に見たその言葉は全く私を責めたり、自分がみたセルフイメージのように言ってることではなかった。
私の場合、プラクティショナーになった後、MOMOYOさんに「クライアントやりきってもいいのかもと思うね」という言葉をもらったことがある。
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