個人セッションがすすまないように感じる理由 10
私は子どもの頃、怖さをこらえないといけないと感じる場面が多くあった。 それは、自分が恐怖を感じていたら目の前の状況に対応できない、 怖がっている場合じゃない、だったり、恐怖を感じて何もできなかったら、 相手の思い通りににされてしまうのではないか、という不安や恐怖だった。
ただ、動けない位の恐怖の中に居ても、自分が何かしなければと常に考えていた。そして、その恐怖を無視し、行動することで恐怖から逃げていた。恐怖をしっかりと感じてしまったら、自分は何もできなくなるんじゃないかと 恐れていた。それがセットのように、感じようとすると何かしたくなる反射行動になっていた。
自然に沸き上がる不安や恐怖を感じないように自分で抑えていた苦しさ。
また、家族には自分の本当の気持ちを言ってもどうにもならない、と勝手に決めつけて、思った通りに行かない時は相手に非がある場合でも、自分を責め、それはただの反省癖(でも、反省しても特に行動は変えない)で、どうせ無理だと自分から何も変えようとしていなかった。相手(家族)は変わりっこないと思い込んで、それを前提にして 自分が悪いんだと口では言いながら、心の中では相手を責め続けてて 怒りでいっぱいだった。
でも、それを相手には言えない(と思い込んでいて)から、口には出せないけれど、相手を上から目線で見てジャッジし続けていた。
それに気づいてまず、自分はジャッジをどれだけしているか、それを検証して自分で嫌になるくらいやっていることに気付いたとき、本当の意味でジャッジをやめようと思った。(ジャッジについては ハートを開かなきゃ!ではハートは開かない 1/4のブログで閲覧可能です)
そして、行動することより、とにかく感じることを優先して、その結果自分がどうしたいかが湧き上がるまで行動しなかった。 行動する選択肢を考えるのでなく、自分の中から湧き上がるまでずっと感じようとし続けた。
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