過去はいろいろあったけど(全体的に)感謝しています 2

ここで「過去色々ありましたけど、過去に感謝しています」だと自分への理解が深まらないことがあります。
もし本当に感謝できていたら、過去を思い出したとき、嫌な思いをしてもそれに引きずられたり、その過去から
こう言うことをしなくなったとしても恐怖はなくなっていると思います。(感謝している=恐怖はなくなっている訳でもなく、美化していることもある)
自分をみるというのは過去を思いだしてこうなっちゃいけないんだと恐怖を抑えたり、嫌な思いをするのを堪えるのではなくむしろ真逆で、その恐怖や嫌な思いを怖いな、嫌だなと感じて今の自分の視点で見ることだと思います。
この過去の事実が自分にとって何であるか、現状この過去が自分にどう影響しているのか、自分を苦しめているのか、自分を自分はこんなもんだと決めつけているのか。
それに気づかず行動している間は過去に縛られて全く自分の人生を生きていないように思うのです。
ちなみに、感覚から過去を思い出すのは慣れが必要かもしれません。過去の事実から何を感じたか?にどういう嫌だったか?は
覚えていないことや、怖すぎた場合もあるとは思いますが、嫌だった思い、怖かった思いなどで出来事全体がパッケージされていて、感情の具体的なディテールは落ち着いて整理をしない限りその全体的な感覚でまとめられているように思います。その過去の事実自体が
嫌な色で塗りつぶされていて、細いところが見られてないという感じでしょうか。