形にはまらず、自分にあった美しさ

いいこととわかっていても、その形に自分をあわせようと苦しくなる。


去年知りあった仲間の言葉。


すごく、よくわかる気がしました。


私は、ヨガを長く続けています。

最初の頃は、先生のアーサナの外側の形を真似ることに必死でした。

一度、先生に言われたことがある。

形ややり方だけじゃないよ。

私は、なんとなく、かたちや順番があっていたら、大丈夫と思っていた。

自分がヨガのアーサナをとることでどうからだを感じるか、なんて思ってもみなくて、

本当にかたちを追い求めていた気がします。


そこで、冒頭の彼女の言葉。

私も同じように、こころのどこかで、ヨガはからだにいいから、きつくても我慢、

とアーサナに自分を合わせにいっていた。


ヨガを続けていても、私は病気になった。


今思うと、私はヨガだけではなく、いろんなところで、自分を形にはめて、そのことで自分がどう感じているかなんてみたことがなかった。


いいことをしているはずだから。

頭からいいであろうことにつっこまず。

自分の感覚を置いておくのではなく。


いつだって自分がどう感じているか。


それが苦しければ、違う方法をとることもできる。

ヨガでも形にこだわらず、軽減したり、違うアーサナをとることもできる。

形は違っても、向ける意識の対象は同じ。

形が違っていても、真にその人が体をよりよく感じているとき、その人だけの美しさがアーサナなり、日常に現れるように感じる。

今日、いまできることを選ぶ。


苦しく我慢することだけが自分をよくすることだと思い込まなくてよいと思う。

自分の感覚を信じて選択する勇気が

大事だと思うから。










関連記事