エネルギー的格闘

最近、刑事ドラマにハマっています。取り調べがメインで、それを観ているとある意味セッションのようだなあと思うのです。
取り調べを受ける人たちは、ほぼ罪から必死に逃れたくて、泣いたり叫んだり暴れたり黙ったり。もちろんこれはドラマで、現実世界ではこんな綺麗にまとまることなんてないだろうけれど、個人セッションじゃなくても自分自身をどう捉えているか、他の人からどうみられているかなんて、ドラマの中の犯人と同じで誰にも絶対に知られたくないし、自分では仕方ないと言ってしまいたいし、自分も認めたくないことばかりかもしれない。だから、泣いたり叫んだりして、逃げたくなる。自分が絶対に隠したかったことを自らはがしていくことは、自分がどんなに望んでいても痛かったり、耐えがたいことかもしれません。
Momoyoさんが、個人セッションはエネルギーのボクシングだと言われたことがふと思い浮かびました。そういえば昔のトレーニングの中で、一緒にトレーニングを受けている仲間にワーク中すごくイラッとしたり、逆にイラッとすることを言われたり、エネルギー的な殴り合いまでいかないまでも、これってエネルギー的格闘だなあと感じたのです。
不思議ですよね。椅子に座って向き合っているだけに見えるけれど、実はすごく格闘しているなんて。ましてや一人でこれをやるのは、自分自身と格闘している訳でそんな簡単なものでもなく、わからないふりをしていたいこともあるでしょう。だから、うまくできなくてもまず取り組もうとする意識、やり続けようとすることだけですごいと思うのです。ただ、その先に行こうとすると、自分なりの感覚だったり、誰に習うかということも重要になりますね。Momoyoさんのセッションはエネルギーのボクシングだという言葉を思い出して、私は前よりセッションが活き活きしたものに感じられて、更に楽しくなっています。