幸せになっていい自分,でも幸せになる怖さ

先週は山ちゃんの話題で持ちきりでしたね。
個人的に山ちゃんに親しみがあるので、今日は勝手ながら山ちゃんと呼ばせていただきます。
山ちゃんが、自分は幸せになるのはよくないかなと思っていたとラジオで言うのを聞いて。(もし、こちらで言葉を聞き間違えていたら申し訳ありません)
幸せになるのが怖いと思ってるひとは割とたくさんいるだろうなと思いました。
もちろん、口では幸せになりたいと思う。
例えば自分が3枚目キャラクターでイメージで周りと関係が成り立っているとき、
本当はそのキャラクターをやめて、幸せな自分になれるのに
そのキャラクターをやめたら、人にどう思われるか怖くなったり、どうしていいのかわからなくなるから、そのままでいる。
そのキャラクターがいくら自分に馴染んでいても、なにか自分自身に違和感があるから。
山ちゃんの場合、それを口に出して
自分が幸せになってもいいんだと感じる時があったから、幸せな自分のベクトルに向かっていったのだと思う。
でも、大抵は誰にも言わず、幸せな自分をやってみる怖さから逃げて、
結局その仮面を被り続けることが多いと思う。
だって幸せな自分はいままでなかったじゃないというエゴの声。
幸せになることや、本来の自分に近づくことは、
本当は最も向き合いたくない自分に痛いところを突かれる感覚かもしれない
でも、それは単なるプロセスの一つ。
その見たくない何かに気づく、
そして、見たくないなにかに対して行動をし、プロセスは続く。
そのプロセスの過程で、気楽になったり幸せになれるかもしれないけれど、
それは苦しいことを乗り越えなけば幸せになれない訳ではない。
単なるプロセスのひとつと捉えて、幸せになる自分なりの怖さを感じてみたら、
予想外の答えが自分からかえってくるかもしれないですね。
プロセスは続きます
私もよく、あ!となっています。
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