たわいのない会話から、自分のフィルターを疑ってみる

たわいのないふだんの会話。
あと5キロ痩せたいから、運動したいけど。
走ると日焼けするし、暑い、汗をかく。
運動する服を買わないといけない。
ジムに通うなら便利なところを探さないと。
食事を変えたい。
体にいい材料買わなきゃ。
今日も仕事忙しいから、結局外食してしまう。
ぜんぜん進まない。
世間話だから、私はふーんと聞いているけれど
何回も聞いてると
この人は何を大事にしていて、
何が嫌なんだろうってすごく思うようになる。
痩せたいの先はちょっと見えないけれど、この人はなにかをものすごく我慢している気がする。
痩せたいっていうことに、こんなにいっぱい考えてどれもできないとマインドで考えてしまう。
私にはそこに掘り下げどころ満載だなあと感じる。
出来ないって思い込んでるひとつひとつに、
この人が、見たくない、ブロックしているものは
なんだろうて興味が湧く。
逆にできない理由をつくりだしているようにみえる。
自分には問題ないよねって、思えば思うほど、
自分だけの疑ってみたことのない自分だけの常識、自分のフィルターに気づけない。
私も自分のこの思い込みはどこからやってきたのかな、そして何に気づきたくないのかなと日々感じる。
自分が自然に在るために、みえないものを自分の前に出そうとしている。
自分のみえないフィルターは、疑えば
ゴロゴロでてくるかもしれないですね。
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